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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)6188号 判決 1965年6月15日

原告 東京材木商協同組合

被告 荒やす

主文

被告は原告に対し金一八、三四四円及びこれに対する昭和三八年八月八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告、その余を被告の各負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金一〇一、〇〇〇円及びこれに対する昭和三八年八月八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

「(一)、原告は、訴外株式会社松幾商店に対し、昭和三二年二月一四日現在において金三、〇五二、七一三円の立替金債権を有していたところ、被告は、右訴外会社のため、同年同月一五日原告に対し、被告所有の東京都台東区浅草聖天町六三番地所在木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二一坪七合五勺(以下本件建物という。)につき、利息、弁済期の定めなき被担保債権金三〇〇万円とする抵当権を設定する旨を約し、翌一六日その旨の抵当権設定登記が経由された。

(二)、ところが、被告は、右抵当権設定の意思表示は詐欺ないしは錯誤に基く等と称し、昭和三二年八月二日原告を相手方として東京地方裁判所に建物抵当権設定登記抹消請求訴訟(同庁昭和三二年(ワ)第六、一二一号事件)を提起した。しかし右訴訟は、昭和三五年一月一二日に請求棄却の判決が言渡され、これに対して控訴の申立(東京高等裁判所昭和三五年(ネ)第二五三号事件)がなされたが、昭和三七年四月一七日控訴棄却の判決があり、上告なくして確定した。

(三)、一方原告は前記訴訟を提起された結果、自衛上、昭和三三年七月一七日東京地方裁判所に前記抵当権実行の申立(同庁昭和三三年(ケ)第一、二三九号事件)をなし、翌一八日競売費用金一二、〇〇〇円を予納して、競売開始決定を得、第一回競売期日昭和三四年一月二八日、最低競売価格金三三二、五〇〇円と定められた。

(四)、しかるに被告は昭和三四年一月中東京地方裁判所に右競売手続停止の仮処分(同庁昭和三四年(ヨ)第三三二号事件)を申請して、同年同月二七日その旨の仮処分決定を得、これに基き、競売手続を停止せしめ、その後昭和三八年五月八日仮処分執行取消決定があるまで、右停止を継続させた。

(五)、右仮処分の結果原告は次のような損害を蒙つた。すなわち

(1) 、右仮処分のため、昭和三四年一月二八日の第一回競売期日は開かれなかつたが、もし開けたら、原告は最低競売価格金三三二、五〇〇円で落札する予定であり、またできたのであるから、同日右金員の弁済を受けたことになる。従つて翌一月二九日から仮処分執行取消決定のあつた昭和三八年五月八日まで四年三ケ月の期間右金員につき少くとも民事法定利率年五分の割合による金利を得べかりしところ、これを失つたのであるから、右期間に対する同率を以て算出した金利合計金七〇、六五六円は原告の損害となる。

(2) 、また競売予納金一二、〇〇〇円は、既に鑑定料等に費消されたが、執行停止が長かつたため、続行競売手続においては改めて再鑑定の必要に迫られ、原告は費用の追納を命ぜられている次第であつて、結局前記予納金は徒費されたことになるから、これまた原告の損害に帰するものというべきである。

(六)、ところで、原告の右損害は、被告敗訴に確定した前記本案訴訟と同様、被保全権利がないのに敢えてこれあるが如く主張した被告の不当な仮処分の結果発生したものであるから、被告は右につき不法行為上の賠償責任を免れ得ない。

(七)、なお原告は、前記本案訴訟に応訴のため、弁護士柏木博、同宮田勝吉両名に訴訟委任をなし、その報酬、手数料等として昭和三二年八月上旬金一〇万円を支払つたが、右訴訟の訴額は金三〇〇万円であつたから、右報酬等の額は相当額というべきところ、右はまさに被告の不当訴訟の提起並びに同訴訟における不当抗争の継続に対処するため原告においてやむなく出捐した費用であるから、これまた被告の不法行為による原告の損害というべきである。

(八)、よつて原告は被告に対し右(五)、(1) 、(2) の損害金及び(七)の損害金のうち金一八、三四四円以上合計金一〇一、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たる昭和三八年八月八日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。」

と陳述した。

立証<省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

「(一)、請求原因(一)の事実は、訴外株式会社松幾商店の負担する債務の額を争うほか、すべて認める。右債務額は金二七〇万円である。

(二)、請求原因(二)、(三)、(四)の事実は同(三)の競売費用金一二、〇〇〇円予納の点を不知を以て争うほか、すべて認める。

(三)、しかしながら、被告が原告のために本件建物に抵当権を設定したのは、当時右訴外会社が手形不渡りを出して不況にあえいでいたので、同会社の代表取締役荒健次郎の実母にあたる被告としては、わが子の窮状をみかね、会社再建に資する意図のもとに、自己の所有家屋を担保に供することを決意し、原告に対し、会社再建のための援助手段を講じてくれることを条件として物上保証人となつたものであるところ、原告は一旦抵当権設定登記を受けるや、手をひるがえして、全然援助の条件を履行しようとしなかつたので、被告は原告に対し、詐欺ないしは錯誤等を理由として抵当権設定登記抹消請求訴訟を提起したものであり、しかも原告は右訴訟の係属中に抵当権の実行を申立ててきたので、被告はやむなく競売停止の仮処分申請をなしたのである。以上の次第で、被告は自衛上やむをえず右訴訟の提起並びに仮処分申請の挙に出たものであり、被告の立場としては当時の状況から推して他に途はなかつたというべきであるから、右本案訴訟が被告敗訴に確定したとしても、その結果のみから直ちに被告に過失ありと断定することはできない。従つて被告の右訴訟の提起並びに仮処分申請を目して不法行為に該当するというのはあたらない。

(四)、なお原告の主張する損害について一言するに、請求原因(五)、(1) の損害は、原告が第一回競売期日に落札したらとの仮定に立つのみならず、落札は所有権の取得を意味するに過ぎないから、これが何故に金利を生ずるかを理解するに苦しむ。また請求原因(五)、(2) の予納金は競売費用として競売手続において優先弁済されるものであるから損害とはならない。請求原因(七)の弁護士費用もわが法制のもとにおいては当然の損害ということはできない。」

と述べた。

立証<省略>

理由

(一)、本件係争にかかる訴訟の提起よりその判決確定に至るまでの事実関係並びに本件係争仮処分の申請より仮処分執行取消に至るまでの事実関係はいずれも当事者間に争がない。

(二)、そこで、進んで右訴訟の提起並びに仮処分の申請がはたして不法行為に該当するか否かについて按ずるに、右訴訟が、第一審請求棄却、第二審控訴棄却の判決言渡あり、結局訴提起者たる被告敗訴に確定したことは当事者間に争ないところ、敗訴者は、反証なき限り、その訴提起につき一応過失ありと推定さるべきであつて、本件の場合被告援用の証拠によつては右推定を覆えすに足りないから、結局被告の提起した前記訴訟は不当訴訟として不法行為に該当することを免れず、また前記仮処分申請も、その本案訴訟が不当訴訟として非難を受くべき以上、これまた不当仮処分として不法行為を構成するものというに妨げない。

被告は、「原告より訴外株式会社松幾商店再建のための援助を受けることを条件として、原告のために被告所有の本件建物に抵当権を設定したのであるが、原告において右条件を履行しようとしないので、やむなく前記訴訟を提起した。」旨主張し、証人荒治子の証言中には被告の右主張に副うような供述部分もあるが、各成立に争のない甲第一、二号証によれば、「前記訴訟においては、本件抵当権設定契約は右訴外会社の代表取締役で被告の実子にあたる荒健次郎については詐欺、錯誤等の原因は存しないから、結局被告は代理人の行為に従つて責任を負担すべきである、との理由のもとに請求を棄却された。」ことを認めることができるところ、仮りに被告本人に被告のいうような錯誤等があつたとしても被告はすべからく前記訴訟の提起にあたつては、実子たる荒健次郎よりその間の事情を聴取して、徒らに相手方に不測の損害を与えることなきよう考慮を払うべきであり、仮りに健次郎より真実の事情を聴取し得なかつたとしても、少くとも訴訟の経過中にはこれを窺知し得たであろうことは推測に難くないから、被告は前記訴訟の提起につき過失の責を免れず、仮りにしからずとするも少くとも訴訟抗争継続の点につき過失の責任を脱却し得ない。

前記仮処分の申請並びにその維持につきまた同断である。

(三)、よつて次に損害について検討を加える。

(1)、請求原因(五)、(1) の損害について

本件仮処分がなかつたならば、昭和三四年一月二八日の第一回競売期日において、本件建物が、少くとも最低競売価格金三三二、五〇〇円で落札されたであろうことは証人村上清慧の証言に徴してこれを窺い得る。なんとなれば他に入札者がなくとも、少くとも原告は最低競売価格を以て落札すべく準備を整えていたことが右証人の証言によつて認められるからである。しかして落札の結果は、落札者が原告たると第三者たるとを問わず、原告の債権がそれだけ弁済となることもいうまでもない。

しかしながら競売手続が一時停止されたからといつて、原告の抵当権が消滅するものではなく、その後における不動産の値上りを勘案すれば、続行競売手続においてはむしろ最低競売価格の増額等により原告はより多額の弁済を期待し得るはずであるから、第一回競売期日に落札なく従つて弁済を受けられなかつたとしても、これを以て直ちに原告の損害ということはできない。

(2)、請求原因(五)、(2) の損害について

競売予納金は競売費用にあてられるものとして、競売手続において優先弁済されるものであるから、損害というのはあたらない。

(3)、請求原因(七)の損害について

原告が前記訴訟に応訴のため弁護士柏木博、同宮田勝吉両名に訴訟委任をなし、その報酬、手数料等として金一〇万円を支払つたことは、前掲甲第一、二号証及び本件口頭弁論の全趣旨に徴し、これを窺うに難くなく、右程度の弁護士費用は該訴訟の性質並びにその経過等に照らし相当と認むべきである。

(四)、以上説示のとおりとすれば被告の前記不法行為を理由とする原告の本訴損害賠償請求中、弁護士費用として出捐した金一〇万円のうち金一八、三四四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和三八年八月八日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由ありとしてこれを認容すべきも、その余の部分は失当として棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏)

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